2015年9月1日火曜日

一緒に、生き延びよう

人生は、ところ狭しと並ぶ図書館の本のようなものさ。
誰かが、偶然手を伸ばした先に、自分という物語が読まれるんだ。
四元壯



図書館の逆襲が、はじまった

夏休みの終わり、あるツイートが話題になった。
鎌倉図書館のツイッターが、学校に行きたくない子どもに、
救いの手を差し伸べた。


これは、抜粋ではなく、原文まま見てもらいたい。
「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね」
これを書いた図書館のお姉さんは、やはりエプロンをしてたのだろうか? 
鎌倉図書館のツイート
https://twitter.com/kamakura_tosyok/status/636329967668695040 
すごく、すごく素晴らしい手のさしのべ方で、
なんで俺がこれを言うことができなかったのか、
嫉妬すらしてしまうくらいの素晴らしさだ。


でも、この内容は、
思考停止をしてしまった学校関係者からは、
きっと、「喧嘩上等」の言葉に思えてしまうのだろうと思う。


「学校に行かなくてもいい」
「マンガもライトノベルもある」
というのは、
四元翻訳によると、


「学校なんか行っても行かなくてもいい場所だし、
それに、生活費を稼ぐ為に教師という仕事をしている、
志もない、教えるスキルのない先生に教えてもらうよりも、
マンガやライトノベルの方が、
面白い上に、知識も得られるし、生きる上で大切なことも学べるよ」


と訳せるからだ。(ちょっと長かったかな?)


「不登校を助長する」の声。「学校に行かず図書館に行く」のはダメ?

そして、やはりこういう時に出てくるのは、
「この発言は、不登校を助長するのでは?」
という声。


ちょっと待ってください。
学校に行かないって、本当に悪いことですか?

ましてや、
学校には行かなくても、
図書館には行っている、というのはむしろ、いいことではないですか?
引きこもってゲームばっかでも、得られるものも、実はある。
鎌倉市教委、図書館ツイート削除を検討 理由は「不登校を助長する」からではなかった
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150828-00000007-jct-soci

結局、このツイートの全文を見ても、
「不登校を助長する」とか、
「自殺を助長する」とかいう人たちは、
文脈を読む力もないし、
本当に大事なものの、優先順位がわかっていない人たちなんだと思う。



だって、
「そもそも学校ってなんの為に行くんだっけ?」
と考えれば、最終的には、
「生きる為」
というのは、明らかだ。

学校で学ぶ知識や、社会性は、
あくまで、仕事をする為、そしてそれによって生活するお金、力を得る為だろう。
だから、
その為に行く学校で、


「死ぬほど」嫌なことがあって、
「死んで」しまったら、
なんの意味もない。
それなのに、「図書館に行って生きる」ことよりも「学校を強要されて死ぬ」
方がいいとでも言うのだろうか。


それに、
「図書館に行って、学校に行かないのを良しとしない人」は、
「なんの成果も出さなくてもいいから、その場にいることが大事」
というまるで、残業する必要ないのに、空気的に残ってしまう会社員のような精神を身につけさせてたいのだろうか?


そんなくだらない能力よりも、
自ら、図書館という自分の生きる場所を「見つけ」、
そして、自分の興味のあるもの、それが書いてある本を「選び」、
知識を得て、その子らしさを、「自分で育てる」
という”主体性”が身についた方が、よっぽどいいのではないだろうか。


自ら死ぬことが、なぜいけないかはわからない。
生きていかなきゃいけない理由も、説明はできない。
でも、
わかっているのは、
死んではいけない。生きよう。生き延びよう。
それだけだ。


人生を180度変えるほど、
素晴らしいことは起きないかもしれない。
でも、
一緒に生き延びよう。
一緒に歩いていこう。










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